幸福になれるかどうかは、生まれつき決まっている論

幸福論

歴史上の多くの哲学者と同じように、ひと個人の幸福はどのように成しえることができるのかを考えたドイツの哲学者、アルトゥル・ショーペンハウアー。

彼は幸福を構成する重要な要素の内、最も大事なものとして「その人は、何者であるか」というものを挙げています。

これは主に一人ひとりが持って生まれる「性格」を指しており、幸福向きの性格ならば幸福になりやすい、というものです。

この視点に基づけば、幸福になれるかどうかは、私たちが生まれながらに持つ性格に大きく依存しているのではないかという議論が浮かび上がります。

性格は、幸福を決定するフィルター

性格には「幸福向き」と「そうでない」傾向が存在します。

例えば、楽観的で寛容な性格の人は、困難な状況でも前向きに捉えやすく、周囲の人々とも調和的な関係を築きやすいでしょう。

一方で、悲観的で短気な性格の人は、些細なトラブルでも過剰に反応し、ストレスを感じやすくなるかもしれません。

重要なのは、私たちが世の中の出来事を認識する際、性格が「フィルター」として働く点です。

同じ出来事が起きても、性格によってその受け止め方が大きく異なります。

雨の日を「嫌な一日」と捉える人もいれば、「自然の恵み」として楽しむ人もいます。この違いを生むのが性格です。

しかし近年では、性格を形成するのは一部育った環境にもよりますが、多くは生まれつき決まっていると考えられています。

遺伝や初期の環境が性格形成に強い影響を与えることは、心理学や行動科学の分野でも示されています。

つまり、幸福向きの性格を持って生まれることができれば、その人は自然と幸福になりやすい道を歩むのです。

逆に、幸福向きでない性格を持つ人は、外的な努力だけでは限界があるかもしれません。

もう一つの大切な要素「知性」

ショーペンハウアーの論じた「その人が何者であるか」には、性格に加えて実はもう一つ、大切な要素があると述べました。

それが「知性」です。

ここでいう知性には、一般社会で測られる「頭の良さ」に加え、「感受性」や「共感能力」など、あらゆる非認知能力も含みます。

高度な知性は、世界を深く理解し、豊かな想像力で新たな視点を見出す力を与えます。

ショーペンハウアーは知性もまた幸福の鍵として挙げ、知性の高い人は日常的な出来事や自然界の現象に情熱的になれると述べています。

知性の高い人は、単調な生活や困難な状況においても、自ら新たな価値を見つけることができます。

例えば、読書や創造的な活動、学問探究を通じて深い満足感を得ることが可能です。

これは、知性が高いほど、外部の環境に依存せず内面的な豊かさを築く力があることを意味しています。

しかし、ここにも「生まれつき」の要素が影響します。

知性は、遺伝的な要因と幼少期の環境に大きく左右されるため、努力だけで全てを補うことは難しいと言われています。

現代の研究では、遺伝が知性に与える影響はおおよそ50%〜80%とされており、環境の影響があったとしてもその範囲は限られるという見解が一般的なようです。

このように、性格と同様に、知性もまた生まれつきの性質が幸福に大きな影響を及ぼしていると考えられます。

先天的な幸福向き要素を超えて

ここまで紹介したように、性格と知性の両方が幸福を決定する重要な要素であり、しかもその多くが生まれながらにして定められている、という可能性は否定しきれない気もします。

では、「生まれつきの幸福向きの要素を持たない人は、幸福になることができないのか?」という問いが浮かび上がります。

ショーペンハウアー自身は、「幸福の追求は不完全である」と述べています。

これは、人間がいくら幸福向きの性質を持っていたとしても、人生そのものが苦悩と不安定さを伴うものである以上、完全な幸福を得ることはできないという見解です。

しかし同時に、彼はこうも述べています。「苦悩を軽減する手段は存在する」と。

たとえば、哲学的な思索や、日常の中での小さな喜びを見つける努力などです。

これらの手段は、たとえ生まれ持った性格や知性に限界があったとしても、一定の幸福感を得るための助けとなります。

また、現代の心理学は「性格は完全に固定されているわけではない」という希望を提示しています。

習慣や認知行動療法の実践を通じて、性格の一部を変容させることが可能であるとされています。

例えば、楽観的な思考法意識的に繰り返すことで、それが自然にできるよう身につけたり、感謝の気持ちを意識的に育むことで、幸福感を向上させることができるというものです。

幸福向きなら幸福になれて、そうでなければ幸福にはなれない、というわけではありません。

あくまでも傾向であり、実際は幸福は他人と比較するものでもありません。

この世に生まれたすべての人が、自らの持つ性格や状況の中で、幸福を最大化しようとする働きこそ健全なのではないでしょうか。

しかし全ての幸福は健康があってこそ

ショーペンハウアーの幸福を形成する要素「その人は、何者であるか」という内容について紹介しました。

しかし実はその上位に位置する、さらに重要な要素があります。

それは「健康」

健康が全ての幸福の基盤であり、健康無しに幸福は成り立たない。

例えどんなに陽気で幸福向きな性格でも、病床に伏していてはその幸福になる才能を活かせない。

健康こそを第一に優先すべきであり、健康を犠牲に何かを得ることなどあってはならない。

ショーペンハウアーは自らの著書でも健康の重要性について多様な表現で繰り返し強調しており、いかにその考えが強いものであるかがわかります。

健康はそれそのものが幸福であるというよりは、幸福の前提条件で、幸福になりたければまず健康であれということです。

まずはすべての幸福の大きな基盤となる健康のため、自らの運動や食習慣から改めて見直してみるところから初めてみてはいかがでしょうか。

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